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大阪地方裁判所 昭和46年(行ウ)12号 判決

原告

公明タクシー労働組合

右代表者

中林幸作

原告(選定当事者)

中林幸作

選定者

別紙選定者目録記載のとおり

右原告両名訴訟代理人弁護士

吉田恒俊

外五名

被告

大阪陸運局長

宇都宮寛

被告

右代表者

稲葉修

右被告両名指定代理人

斎藤光世

外六名

主文

一、原告公明タクシー労働組合の被告大阪陸運局長に対する訴を却下する。

二、被告国は選定者ら(徳山一男を除く)に対し、別表1の認容額欄記載の金員、およびそのうち賃金等相当額欄記載の金員に対する昭和四七年一二月一日から完済まで年五分の金員を支払え。

三、原告(選定当事者)中林幸作の被告国に対するその余の請求ならびに原告公明タクシー労働組合の被告国に対する請求をいずれも棄却する。

四、訴訟費用は、原告公明タクシー労働組合と被告大阪陸運局長との間においては同原告の負担とし、原告両名と被告国との間においては原告(選定当事者)中林幸作に生じた費用の二分の一を被告国の負担、その余は各自の負担とする。

事実

第一  申立

一、請求の趣旨

1、原告組合の被告局長に対する請求

(一) (第一次的請求)被告局長が昭和四五年一一月三〇日付でした、公明タクシー株式会社の一般乗用旅客自動車運送事業廃止許可申請に対する許可処分は無効であることを確認する。

(二) (第二次的請求)被告局長の右許可処分を取消す。

2  原告両名の被告国に対する請求

(一) 被告国は原告組合に対し金一、一〇〇万円および内金一、〇〇〇万円に対する昭和四七年一〇月一四日から完済まで年五分の金員を支払え。

(二) 被告国は原告(選定当事者)中林に対し金七四、七六一、二五一円および内金六七、九六四、七七四円に対する昭和四七年一二月一日から完済まで年五分の金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  第2項につき仮執行の宣言

二、被告らの答弁

1  被告局長の本案前の申立

原告組合の被告局長に対する訴を却下する。

訴訟費用は原告組合の負担とする。

2  被告らの本案の申立

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、主張

一、請求原因

1  当事者らの関係と本件許可処分

(一) 公明タクシー株式会社は、昭和三七年二月一五日一般乗用旅客自動車運送事業を目的として設立された会社で、設立当初の商号はかもめ交通株式会社といい、その後順次、サカエタクシー株式会社、東急交通株式会社、公明タクシー株式会社と社名変更をしてきたものである(以下これを単に会社という)。

(二) 原告組合は昭和三七年一二月会社の従業員をもつて結成された労働組合で、いわゆる権利能力なき社団であり、全国自動車交通労働組合(全自交と略称する)に加盟している。

選定者らはいずれも会社の従業員であり、かつ原告組合の組合員である。

(三) 会社はその設立のころ、運輸大臣の職権の委任を受けた被告局長から、一般乗用旅客自動車運送事業の免許を得ていたが、昭和四五年一一月二〇日付で同被告に対し右事業の廃止許可を申請し、同被告は同月三〇日右申請を許可する処分をした。〈後略〉

理由

第一原告組合の被告局長に対する抗告訴訟の適否

一会社は一般乗用旅客自動車運送事業を目的として設立され、被告局長から、その事業の免許を受けていたものであるが、昭和四五年一一月二〇日付で同被告に対し右事業の廃止許可を申請し、同被告は同月三〇日右申請を許可する処分をしたことは、当事者間に争いがない。

二原告適格について

被告局長は、原告組合には本件事業廃止許可処分について抗告訴訟を提起する原告適格がないと主張する。

自動車運送事業の免許保有者が事業廃止の許可を受けると、その免許は失効し(道路運送法四四条二号)、以後右事業を営むことができなくなるのであるが、会社は一般乗用旅客自動車運送事業を主たる目的としているものであるから、被告局長の事業廃止許可により会社の目的達成は不可能となり、企業としての実体を失い、これに伴い会社で働く従業員の地位も決定的な影響を受け、原告組合(これはのちに認定するように会社の従業員をもつて結成された企業内組合である)は実質的にその存立の基盤を失うわけである。

現行法上、事業廃止許可が直ちに会社の解散に結びつくものではない(この点において会社と民法上の法人とはたてまえが異なる)が、事業免許を失い形骸として残存するにすぎない会社から、労働者および労働組合は何ものをも得ることはできず、労働契約、労働協約ないし労働関係法令上の諸権利は空虚なものとなるのであつて、これを単なる事実上の不利益だということはできない。原告組合は会社に対してなされた本件許可処分により自己の法律上の利益を害されたものとして、その処分の無効確認ないし取消を訴求する原告適格を有すること自体は否定しがたいものといわなければならない。

三訴の利益(狭義)について

ところが本件においては、被告局長の本件廃業許可処分ののち、大阪地方裁判所第六民事部が昭和四八年四月二五日午後一時、会社を破産者とすると同時に破産を廃止する旨の決定をし、この決定はすでに確定している(この事実は争いがない)。

株式会社において破産は会社解散事由である(商法四〇四条一号、九四条五号)ところ、同時破産廃止の場合には、破産宣告後の破産手続は進行しないのであるから、破産の目的からいえば会社を存続させる必要はないようであるが(破産法四条参照)、その場合でも会社資産が皆無でないかぎりは、商法による清算手続をとる必要があり、清算結了まではなお会社の存続を認めなければならない。しかし、かかる清算中の会社の権利能力は清算の目的の範囲内に限定されるのであつて(商法四三〇条一項、一一六条)、解散前に行なつていた事業を再開し遂行することは、法律上不可能である。そうだとすると、本件において、被告局長のした事業廃止許可処分につき無効確認あるいは取消の判決がなされ、会社の事業免許が復活したとしても、会社は同時破産廃止によりすでに清算の段階に入つているので、もはや免許にかかる事業を続行する余地がなく、この意味において、原告組合としては本訴をもつて、処分により失つたとする権利利益を何ら回復することはできないわけである。

原告組合は破産法三四八条の類推による会社の継続が可能であると主張するが、同条は総破産債権者の同意を得てするいわゆる同意廃止申立の場合の規定であつて、この規定が、破産宣告と同時に職権でなされる破産廃止の場合に類推適用されることは、その性質上考えられない。またタクシー事業における事業免許自体が一定の財産的価値を有するとする原告の主張も、現行法上これを容認することはできない。

したがつて、原告組合の被告局長に対する本件抗告訴訟については、その訴の利益を否定するほかはなく、被告局長の本案前の主張(二)は理由があり、右訴は不適法として却下を免れない。

第二原告らの被告国に対する損害賠償請求について

一請求原因1(一)(会社の設立とその社名の変遷)および(三)(会社の事業廃止許可申請と被告局長の許可処分)の各事実は、当事者間に争いがない。

同1(二)の事実(原告組合の組織、選定者らの地位)は、〈証拠〉によりこれを認めることができる(ただし選定者徳山一男については、のちに述べるように、昭和四五年一一月三〇日当時会社の従業員であつたとは認めがたい)。

二労使の紛争と本件の事実経過

〈証拠〉を総合して認められる本件の事実関係は、つぎのとおりである。

1  (会社設立から本件紛争前まで)

(一) 原告組合が昭和三七年一二月に結成されたのち、三年ほどの間は労使間に格別の問題もなかつたが、昭和四〇年から四一年にかけて解雇問題をめぐつて紛糾し、全員解雇にまで発展した結果、地位保全の仮処分事件で従業員側の勝訴となり、昭和四一年一二月会社と原告組合との間で、未払賃金に関して第一回目の納金管理協定が結ばれ、翌四二年初め頃にかけて原告組合による納金管理が行なわれた。

(二) 昭和四二年二月社名がかもめ交通からサカエタクシーにかわり、やがて営業所も堺市から東大阪市に移転したが、依然として労使関係は安定せず紛糾を続け、原告組合は、会社の原告組合および組合員に対する処遇が暴力的差別的であり、運行管理上も違法行為があるとして、しばしば陸運局に適切な指導方を訴えてきた。これに対して陸運局は同年一〇月会社の特別監査を行ない、その結果にもとづき、一一月二四日会社につき事業停止または免許取消の公示をしたので、原告組合などは利害関係人として聴聞を申請したが、このときは、会社が社名をサカエタクシーから東急交通に改めるとともに体制をととのえ、一応改善の歩を進めていると認められて、聴聞および処分は行なわれなかつた。

(三) ところが昭和四三年六月にまた賃金不払の問題がおこり、原告組合は第二回目の納金管理を行ない、他方、陸運局は同年九月再度会社の特別監査を実施し、法令違反の事実が多数あらわれたとして、再び事業の停止または免許取消の公示を行ない、利害関係人の聴聞を経て、昭和四四年一月一九日から同月三一日まで一二日間の事業停止の処分をした(これに先立ち、会社は昭和四三年一二月末から翌四四年一月一五日まで事業休止の許可を受けて休業している)。

(四) 東急交通から公明タクシーに社名がかわつたのは昭和四三年九月で、そのとき金子実が取締役として経営陣に加わつたが、昭和四四年四月同人が社長に就任した。原告組合はその後も会社に対し仮眠設備、水道使用、健康診断等について改善要求をしてきたが、昭和四五年二月労使間に労働協約が締結され、同年六月には賃金協定も成立した。

2  (賃金不払と納金管理の開始)

(一) 本件の直接の発端となつたのは、昭和四五年七月度分の賃金不払である。これよりさき、同年五月度および六月度の賃金支給額に一部不足のあることが判明して問題化していたが、七月に入つてからは金子社長が自ら直接に従業員より水揚料金(納金)を受取り、会社事務所から離れた堺市内の社長自宅に会社事務員を呼んで経理事務を行なわせるようになつていたところ、七月度の賃金支給開始日である七月二七日に至り、金子社長は資金繰りにそごを来たしたとして、従業員全員に対して賃金全額の不払を通告した。

(二) 事態を重視した原告組合が金子社長を追及した結果、金子社長は原告組合に対し同日付をもつて、「公明タクシー株式会社が昭和四五年七月度従業員に対する賃金支払いに遅延を来すに至つた事は、従業員に対し誠に相済まぬ事と重々恐縮して居ります。就いては右支払いの完了時まで七月二十七日の運輸収入から毎日の運収を前記に充当するよう、その管理を組合に委嘱します。尚その間に於ても賃金支払いが完了次第右委嘱を解除し、従前の体系に戻すという事をここに確認します。」「尚前述賃金支払いが完了し次第昭和四十五年度夏季一時金に就いても引続き前記の方法にて運収を充当する事にも異議なき事を確認します。」と記載した覚書(甲第三号証)を交付し、ここに原告組合による三度目の納金管理が開始された。

この当時、原告組合の組合員は約七〇名で、車輛二〇数台をもつて稼働し、組合役員において納金を受取り、諸経費の支払にあてた残額から二日に一度組合員一人当り七、〇〇〇円宛配分し、五、六月度賃金差額分、七月度賃金、夏季一時金、八月度以降の賃金に順次充当していつた。なお、原告組合は毎日個人の運輸収入の日計表を三部作成し、その一部を組合に保管し、二部を会社に提出した。

(三) 原告組合は納金管理開始後陸運局に対して賃金不払の実情を訴え、あわせて仮眠施設の整備および車庫用地借用期限切迫の問題につき会社に対する指導方を要請した。

陸運局は会社の金子社長、山本営業課長らを呼んで事情を聴取し、納金管理自体については労使間の問題であるからこれに介入しないが、運行管理および整備管理の面については経営者としての責任を全うするよう強く指示した。

3  (納金管理中の動き)

(一) 会社は八月初め頃職制として営業係長に児島信一、事故係長に林幸太郎を採用することとして、労働協約の人事同意条項に従い、原告組合と協議したが、原告組合は林がかつて会社の従業員で懲戒解雇された者であることなどを理由に、右人事に同意しなかつたのにかかわらず、会社は両名の採用を強行した。

(二) 八月一二日頃金子社長は林および児島とともに、組合執行部に同調しない組合員二〇数名を布施駅前のすしや「江戸つ子ずし」に集め、新組合を結成して会社に協力するよう呼びかけた。

(三) 毎日の配車は、納金管理開始以前から、山本営業課長の作成した配車表にもとづいて行なわれていたが、八月中頃新任の児島係長が配車表の組みかえをし、これに対して原告組合は、配車が従来の慣行に反するとして反発し、もとの配車表にもとづく運行を強行した。この紛議のさなかである八月一六日、運転手六名が別組合を作り、六台の自動車を運行したのち、所定の交替時刻に帰庫せず、路上交替を行なうという事態がおこつた。八月二一日そのうちの一人である酒井照夫が組合員によつて見付けられ、追及されて、社長の指示により運行したので社長に納金すると答えている。しかし右六台の自動車は、原告組合の組合員らの説得によりその頃全部帰庫し、六名は全員退社した

(四) 金子社長は八月中旬頃からあまり出社しなくなつた(なお、道路運送法上の運行管理者には金子社長が選任されていて、のち林幸太郎が追加されたが、社長の出社は常ならず、林は原告組合に排斥されていたため、日々の出庫前の点呼、配車等の業務は、納金管理開始前と同様に山本営業課長がこれを行ない、また運行記録計の管理は同じく渡辺久五郎が行なつていた)。

金子社長は、前記覚書による七月度賃金および夏季一時金の支払は八月二〇日頃の時点で終わつた計算になるとして、九月から一〇月にかけて数次にわたり原告組合に対し納金管理の解除を求め、会社たて直しの提案もし、これに対して原告組合はまだ完済されていないとして拒否し、交渉はその都度物別れに終わつたが、一〇月下旬頃原告組合は、納金管理は翌年一月頃には終結できる見通しであることを明らかにした。

(五) この間労使拡それぞれ陸運局に対し、事態の推移に伴い度々申入れや報告をしてきたが、陸運局は運行管理等につき会社側の責任が果たされていないとして、会社に対し再三にわたり責任体制の確立を求め、会社は一〇月一七日付の事業経過報告書(乙第一号証)をもつて、事実経過と正常化の方針を報告した。しかしその後も一向に事態は改善されなかつたので、一〇月三一日陸運局の中島自動車部長は金子社長を呼んで、タクシー事業者としてなすべき管理がつくされていないときは、当局としてもこれを放置することはできず、法令に照らして厳しい処置をとらざるをえないことを告げ、一一月二〇日までに会社正常化の具体的方策をたてて報告するよう指示した。

(六) 一一月一日からタクシー事業者は、タクシー業務適正化臨時措置法により、近代化センターでタクシー運転者登録原簿に登録を受けた登録運転者に対して交付される運転者証を営業車に表示してその運転者を乗務させなければならなくなり、会社は初日には運転者証を渡して業務に就かせたが、翌二日になつて金子社長は、原告組合が納金管理をやめないかぎり組合員には運転者証を渡さないと通告し、「組合員の行動は違法行為であるから、業務の適正化をはかるため、すべての業務を正常に帰するべく通告する。就業規則に違反する者は法律上その責任を追及するとともに、懲戒解雇に処する。」旨記載した確認書(甲第七六号証)を示し、組合員に署名捺印するよう要求した。原告組合はこの要求を拒否し、誰一人署名せず、会社が運転者証を交付しないことについて陸運局に抗議し、陸運局は会社に対し、運転者証を労使紛争打開の具に利用するのは不当であるとして、速やかにこれを交付するよう説得し、労使の団体交渉により一応この問題は解決した。

(七) 陸運局と大阪府陸運事務所は、紛糾を続ける会社の実情を掌握するため、一一月一〇日会社の特別監査を実施した。

(八) 一一月一四日金子社長は原告組合が使用していた会社事務所の電話器をとりはずして、業務を妨げた。また翌一五日金子社長は林幸太郎ほか数名の者を連れて原告組合の事務所に行き、原告組合が保管していた水揚金の一部を暴力的に奪つていつた。

(事業廃止許可申請とその後の経過)

(一) 納金管理中における右に示したようないくつかの事態を通じて、労使相互間の不信感は増すばかりで、対立を解消する途は見出せないまま、会社正常化の具体的方策を報告すべき期限として陸運局により指定された一一月二〇日が到来し、金子社長は陸運局にて中島自動車部長に対し、会社正常化につき種々努力したが、組合が会社の指示に従わず、納金管理を継続し、その行為はますます過激化する一方で、事態を改善する自信がなくなつたから、免許を返上して事業を廃止したい旨の意向を申し述べた。これに対して中島自動車部長は、事業廃止はこれまでの経緯からみてやむをえないが、これについては組合とさらに話合いを行なつたうえで廃業申請をすること、従業員の再就職のあつせんをすべきことを指摘した。金子社長は、組合とは話合いのできるような状態ではなく、話合いをしても無駄であるが、再就職のあつせんについては努力する、と答えた。

(二) こうして会社は翌二一日、道路運送法四一条にもとづく被告局長宛の事業廃止許可申請書を、経由庁である大阪府知事に提出し、陸運局は二六日にこれを受理した。会社と原告組合との間に締結されている労働協約の一三条には、「企業閉鎖、企業譲渡など業務に関する重要な基本的事項については、組合の同意を得るものとする」という規定があるが、会社の右申請は原告組合と何らの協議すらしないでなされたものであつた。

陸運局は正式受理に先立ち、二四日全自交大阪地連の岡本書記長に、会社が右申請書を提出したことを連絡し、翌二五日同地連の山瀬委員長ほか二名が陸運局の中島自動車部長に面談して、賃金債権がまだ残つているから廃業許可は当分見合わせてほしいと申入れ、これと前後して原告組合も陸運局に対し事業廃止に反対する意思表示をするとともに、会社に対しては右申請に抗議し、これを取下げるよう求める活動を展開した。また、原告組合と全自交大阪地連は連名で同日大阪地方労働委員会に、会社と被告局長とを相手方として不当労働行為救済の申立をした(のち被告局長に対する申立は、地労委の示唆により取下げた)。

しかし、被告局長は、これまでの経緯からして、会社の事業廃止申請に対しては早急に許可する必要があるとして、受理後四日目の一一月三〇日右申請を許可する処分をした。

(三) 右許可後の昭和四六年三月一七日、地労委は会社の事業廃止許可申請は組合破壊を意図した不当労働行為であると認定して、会社に対し、組合員への未払賃金の支払と原告組合への陳謝文の手交を命じ、中央労働委員会も同年一二月八日地労委の右命令を支持して会社の再審査申立を棄却した。

三本件許可処分の違法性

1  本件において原告らが公権力の違法な行使と主張している行為は、会社の道路運送法四一条にもとづく事業廃止許可申請に対する被告局長の許可処分である。すなわち、それは私人の申請行為を前提とし、これに対応する形でなされる行政庁の行為であるが、このような場合において、前提行為である私人の行政行為に瑕疵があるとき、その瑕疵を無視しあるいは看過してなされた行政庁の行為は違法と評価されることがありうる。

そこで以下にまず、会社の事業廃止許可申請が適法なものであつたかどうかについて検討する。

2  さきに認定した事実によれば、この会社における労使関係は、従来からとかくの問題があつて、経営も不安定な状態にあり、賃金不払を契機とする原告組合による納金管理も過去二回行なわれ、今回のそれは三回目のことであつた。会社が従業員の賃金を支払えないという事態を招いたことの経営上の責任はきわめて重大であつて、原告組合がこの点の責任を追及したことは当然であり、会社は原告組合に納金管理を委嘱することにより当面の責任を免れ、急場を湖塗したのであるが、それにもかかわらず、その後会社は原告組合の反対をおして職制を採用し、配車を行なわせて混乱を招き、また一部従業員に新組合結成を働きかけ、営業車の社外持出による納金管理の妨害をはかり、さらに運転者証の交付拒否、水揚金の奪取などの妨害行為をあえてし、最後に労働協約の条項を無視して原告組合と全く協議することなく事業廃止を申請するに至つたのである。

こうした経過から明らかなように、本件は要するに納金管理をめぐる労使の攻防を中心として展開された事件である。労使間の協定にもとづき行なわれる納金管理は、それが本来の意味のものにとどまるかぎり違法とはいえないことは、被告国も承認するところである。ただ本件において被告国は、原告組合が会社の指示に従わず、納金管理を不必要に継続し、会社正常化に誠意ある態度を示さなかつたことが、資金難とあいまつて、金子社長の事業継続の意欲を失わせ、廃業を決意させたものであると主張しているので、はたして原告組合の納金管理には違法な行き過ぎがなかつたかどうかを検討する必要がある。

第一に、原告組合が納金管理の枠をこえて運行管理や整備管理にまで不当に干渉していなかつたかどうかであるが、たしかに原告組合は会社の職制人事に反対し、そのため運行管理上の指揮系統に乱れを生じていたことは否定できないけれども、これはもとはいえば会社が労働協約上の人事同意条項を無視して職制の強行発令をしたことに起因するものであることを考えると、原告組合側の態度のみを責めるわけにはいかず、右の故をもつて直ちに原告組合の納金管理が適正でなかつたとはいえないし、また原告組合が整備管理をも不当に支配していたというような事跡は見当らない。

第二に、原告組合の納金管理が契約上終了すべき時期をこえて必要以上に続行されたかどうかである。会社と原告組合との間に交わされた納金管理の覚書(甲第三号証)には、水揚金をもつて充当すべき対象として、直接には七月度賃金と夏季一時金しか明示されていないけれども、さきに認定したように五月および六月度賃金にも一部未払があるのみならず、納金管理中の稼働に対する賃金が会社から別途に支払われる見込みは全くないのであるから、五、六月度賃金差額および八月度以降の賃金も順次水揚金で充当するほかはなく、賃金支給の遅れた状態が解消されるまで納金管理を継続できる趣旨を包含しているものと解するのが相当である。しかして原告組合の納金管理中の収支計算は別表2―Cのとおりであつて(この点は後に詳述する)、別表2―Aの原告らの計算と異なり、昭和四五年一一月三〇日現在で三六万余円の剰余が出ているものと認められ、これより推して、組合員の賃金等は会社が事業廃止許可申請をした直後の一一月下旬頃の時点で完済された勘定となるわけである。こうしたちがいの出る主な原因は、原告らが水揚金について第一次的な資料であるべき稼働日計表(甲第六八号証)によらないで、給与精算表(甲第五三号証の一ないし五)によつて計算していること(この二つの表において水揚金額がくいちがつているのもおかしなことであるが、その理由は明らかでない)、および賃金について社会保険料を控除しない額で計算していることの二点にあるが、それはともかくとして、このような計算は経理に明るくないとみられる原告組合の幹部にとつては必ずしも易しいことではないはずであり、原告らの計算が裁判所の認定と幾分差異があるからといつて、そのこと自体を直ちに非難するわけにはいかない。いずれにせよ、会社が事業廃止の許可を申請した時点では、原告組合がまだ納金管理を返上していなかつたことには正当な理由があつたといわねばならず、これが不必要に継続されていたという非難はあたらない。

してみると、金子社長が事業廃止を決意し許可申請をするに至つた動機としては、賃金不払という経営上の失態から一時的に納金管理を原告組合に委嘱したものの、予期に反して一向にこれを終結せしめうる時期が到来しないことに業を煮やし、原告組合の活発な組合活動を嫌悪し、タクシー事業を廃止することにより組合員の収入源を断ち、組合組織の破壊に追い込むという反組合的意図があつたことは、とうてい否定できないものといわなければならない。なるほど証人金子実の証言によると、会社は原告組合による納金管理開始当時の時点ですでに営業上多額の負債があつたところ、原告組合に納金管理を委ねたため、会社には全く収入がなくなり、他方原告組合は水揚金を当面の乗務と運営に必要な経費にあてるほかはすべて組合員の賃金に充当し、既存債務については一切支払をしていないため、金子社長は会社債権者からこれが履行を迫られ、金融の途も塞がつて苦慮していたことが認められ、加えて陸運局からも、事態が収拾されないかぎり厳しい処置をとらざるをえない旨の意向が示されていたことは、さきに認定したとおりであつて、このようなせつぱ詰まつた事情も、会社の廃業意思の形成に寄与しているものと推認される。しかしこうした事情も、もとをただせば、会社が労使紛争の発端をなした賃金問題につき、自己の経営責任を真剣に反省し前向きに解決をはかる姿勢をとるどころか、かえつてともすれば原告組合の納金管理に露骨な敵意を示し、その順調な進行を妨害して賃金問題の解決を遷延せしめたことが、その原因の大きな部分を占めているといつてよい。

結局、本件においては、会社の反組合的意思が終始その根底にあつて、組合破壊の意図が事業廃止を決意する中心的な動機をなしていたものと認めざるをえず、この意味において、会社の本件事業廃止許可申請は、原告組合に対しては労働組合法七条三号の不当労働行為であり、また前認定の経過にあらわれているように、労働協約にも違反するものであつたというべきである。会社が営業の自由(それは廃止の自由を含む)を有することはいうまでもないけれども、その自由が労働組合や組合員の労働基本権を侵害するような形で行使されることまで許容されるべきものではない。

3 ところで、道路運送法四一条二項によれば、自動車運送事業の廃止許可申請に対して、許可権者は「公衆の利便が著しく阻害されるおそれがあると認める場合」のほかは申請を許可しなければならないと規定されている。同法およびその関係法令が、原告らの主張するように直接に労働者の労働条件の確保を目的としているとは断じがたい(また原告らの挙示する通達も、事業廃止等の申請については、その処理方法いかんによつて徒らに摩擦を惹起するおそれが少なくないので、慎重に対処するよう注意を促したものにすぎないと解される)が、事業の廃止は必然的にその事業で働く従業員の身上に重大な影響を及ぼすものであるから、事業廃止を決意した事業者の許可申請が、その従業員に対する関係で不当労働行為になるとか、労働協約に反するとかの理由で、違法視されるべき場合には、許可権者に対する関係でも違法性を帯び、瑕疵ある申請となるものと解すべく、許可権者においては右の瑕疵を無視して、単にその事業廃止が当該地方における運行台数等に照らし公衆の利便を著しく阻害するおそれがある場合にあたらないとの理由で、申請を許可すべきではない。けだしもしそうでないとすると、許可処分の前提要件である会社の申請行為が労働法上違法な行為で容認できないものであるのにかかわらず、国家機関が右申請を許可することにより、労働法秩序に反する結果の招来に自ら加担することとなるわけであり、このような解釈は全法律秩序の円満な調和を阻害し、採ることができないからである。

この場合、かりに会社に道路運送法四三条所定の免許取消に値する事由があつたとしても、右の結論は左右されない。免許取消は同法一二二条の二所定の聴聞などの行政上の手続を履んで行なわれるべく(聴聞はまさに利害関係人に免許取消事由の有無について主張立証の機会を与える手続である)、それを会社の瑕疵ある申請に対応する処分という形で代用すべきではないのである。

4 そうだとすると、被告局長の本件許可処分は、会社の瑕疵ある申請を前提としてなされ、原告組合および組合員の団結権を侵害するものであるという意味において、違法であつたといわなければならない。

四被告国の責任

1 さきに認定したように、被告局長は会社における労使紛争の長期化に伴う経営の乱れを憂慮し、金子社長に対して再三にわたり責任体制の確立を求め、これが果されないときは当局としても厳しい処置をとらざるをえないことの警告を発していたのであるが、このこと自体は、道路運送事業の適正な運営と秩序の確立を監督する立場にある陸運行政担当者として当然の指導であり、会社に対する違法な圧力として法律上非難されるようなことではない。また陸運局が原告組合の納金管理中に、この納金管理を違法なものとみなしてこれに介入し妨害したような事跡もない。会社の原告組合に対するさまざまな妨害行為を、あげて陸運局の行政責任に結びつけて陸運局を非難するのは、いささか筋ちがいというべきであり、まして陸運局がことさらに金子社長の不当労働行為意思を触発助長させ、故意に違法な行政処分を行なつたとは、とうていいうことができない。

2 しかしながら、本件のように行政庁が私人の申請行為を前提としてこれに対応する形で行政処分を行なうべき場合には、前提行為である申請が適法になされていることが要件となるのであつて、行政庁としてはこの点の審査をなおざりにすることができないのはいうまでもない。そしてその審査は申請の形式のみならず実質にも及ぶべきであつて、これを本件に即していうと、被告局長は従前の労使紛争の経過にかんがみ、会社の廃業許可申請が労使関係上問題となる行為でないかを探求し、いやしくも国家が会社の違法行為に助力する結果となるのを避けるよう配慮すべきであつた。納金管理継続中に労使双方が陸運局にそれぞれ経過を報告し、あるいは指導ないし善処方を求めてきていたことからして、陸運局にはそのような判断をするにつき必要にして十分な資料が備わつていたと考えられ、決して不可能なことではなかつたはずである。

しかるに被告局長はこの点に深く思いを至すことなく、一応会社に対して原告組合との話合いの必要があることを指摘はしたものの、会社の右申請が原告組合に対する不当労働行為でないか、労働協約に違反するものでないかどうかを、労使間の対内的問題として等閑視し、単に会社の事業廃止が公衆の利便には何ら影響を及ぼさないことのみの判断にもとづき、原告組合や全自交大阪地連の反対意思の表明にもかかわらず、申請書の正式受理後わずか四日にして、忽忙の間に許可にふき切つたことは、陸運行政を所管する者として当然に要求される判断をあやまつたものであり、職務遂行上過失があつたといわざるをえない。

よつて被告国は、国家賠償法一条一項にもとづき、被告局長の職務上の違法行為により与えた損害を賠償する責任がある。

五損害

1  選定者らについて

(一) 未払賃金の有無

〈証拠〉を総合すると、納金管理中における収支は別表2―Cのとおりであると認められ、被告局長の事業廃止許可処分のあつた昭和四五年一一月三〇日現在で、組合員の同日までの賃金および一時金は完済され、金三六〇、四三一円の剰余金が生じている計算となる。したがつて、選定者らの右同日現在の未払賃金相当額の支払を求める部分は理由がない。

なお、〈証拠〉によれば、原告組合は本件許可処分後においても、一二月六日に自動車税九八、〇〇〇円を支払い、またその頃制服の洗濯や灯油の購入などのため費用を支出していることが認められ、事業が廃止されたからといつて会社自体が直ちに消滅するものでない以上、一切の経費がたちまち不用になるとは考えられないから、三六万円程度の剰余金は右自動車税その他必要な経費として正当に費消されたものと推認して妨げないであろう。

(二) 得べかりし賃金と一時金

(1)  選定者らは、違法な本件処分により会社がタクシー事業を営むことができなくなつたため、会社から収入を得られなくなつたものであるから、得べかりし収入の賠償を求めることができる。本訴では処分後二年分を請求しているが、本件のような場合、選定者らとしては適当な時期に他に職を求めるなどして、損害の抑制、拡大防止に努めるべきが当然であり、本件処分と相当因果関係に立つ損害は、処分後一年間の賃金および一時金相当額と認めるのが相当である。

〈証拠〉によれば、選定者らの九、一〇、一一月度三か月間の平均賃金月額(名目額から社会保険料を差引いたもの)は、別表1のB欄記載のとおりである(ただし、選定者反保豊治については、一一月度分しかないのでそれによる。また選定者徳山一男については、一〇月度の給与精算表には氏名は記載されているものの金額の記載がなく、一一月度のそれには氏名の記載すらなく、稼働日計表にも九月中頃以降全くあらわれていないので、同人は本件処分当時会社の従業員であつたとは認められない)。

つぎに〈証拠〉によれば、一時金は一人当り年額一三五、〇〇〇円(冬季七四、二五〇円、夏季六〇、七五〇円)と認められる(ただし〈証拠〉によると、反保豊治のみは冬季が一二、三六五円とされているから、夏季分と合わせて年額七三、一一五円となる)。

(2) 選定者らが本件許可処分後失業保険給付を受けたり、アルバイトをするなどして何らかの収入を得ていたことは、原告中林もこれを認めているから、その額が明らかになれば損害額からこれを控除すべきであるが、この点については被告国から何らの立証もない。

(3) 選定者らの代理人弁護士吉田恒俊が昭和四七年一一月三〇日会社から金九五〇万円を受領したことは当事者間に争いがなく、これは選定者らが昭和四六年一一月会社所有の宅地に対して執行した仮差押を解く見返りとして支払われたものであることも、原告中林において明らかに争わない。

原告中林は、右金員は選定者ら以外の従業員を含む全従業員の昭和四七年一二月一日以降の賃金および退職金相当額ならびに慰藉料に充当したと主張する。しかし、〈証拠〉に受領者名として「公明タクシー労働組合所属組合員三一名代理人弁護士吉田恒俊」と記載されているところからみて、これは専ら本件の選定者三一名に対して支払われたものと推認すべきであり、また前記仮差押は選定者らの昭和四六年一〇月度までの賃金および一時金を被保全権利としてなされたものであることは記録上明らかであるから、他に特段の事由のないかぎり、右九五〇万円は選定者らの昭和四六年一〇月度以前の賃金および一時金に充てられたものと解すべきである。そこで右九五〇万円を徳山一男を除く選定者三〇名に均分し、一人当り三一六、六六六円を損害額から差引くこととする。

(4) なお被告国は、選定者らと会社との間で右九五〇万円の授受によりその余の一切の請求権を放棄する旨の合意が成立したと主張するが、そのように認めるべき何らの証拠もない。

(5) よつて選定者らの賃金と一時金の一年分合計額から金三一六、六六六円を控除した額を計算すると、別表1のD賃金等相当額欄記載のとおりとなる。

(三) 弁護士費用

選定者らは原告中林を選定当事者とし、原告中林は弁護士六名に本訴の提起、追行を委任しているところ、本件事案の内容、訴訟の経過、認容額等にかんがみ、弁護士費用としては、勝訴の選定者一人につき三万円、計九〇万円をもつて相当因果関係に立つ損害と認める。

原告組合について

原告組合は本件処分によつて無形の損害を蒙つたとして、その賠償を求めている。

法人の名誉権その他の人格的利益が侵害された場合には、法人自体が民法七一〇条により非財産的損害の賠償請求権を取得することは、判例上確立された法理といつてよい。しかし本件はこれとは全く事案を異にする。原告組合は組合員の経済的地位の向上をはかることを目的として組織された労働組合であるが、本訴においてその組合員である選定者らが前項で認定したようにそれぞれに財産的損害の填補を得る以上、組合員各自の損害のほかに、さらにこれに加えて組合自身の無形損害なるものを観念してその賠償を求める余地はないものと解するのが相当である。

したがつて原告組合の賠償請求は理由がない。

第三結論

以上説示したところにもとづき、原告組合の被告局長に対する処分無効確認または取消の訴を不適法として却下し、原告(選定当事者)中林の被告国に対する損害賠償請求は、別表1のC欄の金額およびそのうちD欄の金額に対する昭和四七年一二月一日から完済まで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余を棄却し、また原告組合の被告国に対する損害賠償請求を全部棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九二条を適用し、なお仮執行宣言は相当でないと認めこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(下出義明 藤井正雄 石井彦寿)

選定者目録〈合計三一名省略〉

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